レビー小体型認知症の母を介護して、思い知らされたこと、それは、”自分の価値観や考え方”を少しでも直さないと、自宅介護は無理だということでした。
私が今まで過ごしてきた世界では、私の少々異常な潔癖主義(汚いものが苦手で、何度も手を洗う)、完璧主義(決めたことは何があってもやる、物は決めた位置にないとダメ)でも、なんとか生活できました。
しかし、認知症の介護は、これまでとは違う世界でした。
認知症の母は、失禁した下着を廊下においたり、何日も同じ服を着ていたり、冬でも夏のパジャマを着ようとしたり、物の片付ける位置が毎回違ったり、突然、気分が落ち込み、お風呂を入らずに、そのままの服で寝ようとしたり・・・私から見たら、エッ!何故!という行動が多い日々です。
認知症の母と一緒にいて、家事をしながら介護をしていると、正直、”自分の価値化や考え方”を少しでも直さないと、これ以上、自宅介護は無理だなあと感じます。
「自分を変えることができない場合は、介護される側にも、介護する側にも負担がかかるので、施設に預けたほうが良い」とある本に書いてありました。認知症介護をして、このことが痛いほど分かりました。
認知症の母の行動を変えることはできません。もし、母の行動を否定したり怒ると(認知症の介護では一番やってはいけないこと)、母は必ず被害妄想になり、ついには暴言を吐きます。この状況を変える方法は、自分の価値観・考え方を変えないといけません。辛いですが、変えることができないと、認知症jだけど元気な母を施設に預けるしかありません。
自分の価値観・考え方を変えるか、母を施設に預けるか、どちらかを選択するしかありません。そこで、私が思ったのは、二度と自宅に戻れない施設に預けるより、まずは「自分を変える勇気を持ち続けることが大事」だということでした。
介護をして、以前、聞いたことがある「ニーバーの祈り」の大事さが少し分かってきました。
ニーバーの祈り
「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。
一日一日を生き、
この時をつねに喜びをもって受け入れ、
困難は平穏への道として受け入れさせてください。」